「何をAIに頼めばいいかわからない」の現実解は、棚卸しじゃなくユースケース集
- 15 時間前
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AIツールを入れても、現場の多くの人は何をすればいいか分からないまま止まる。理由を訊くと、だいたい返ってくるのが「何をAIに頼めばいいか分からない」。これに対する定番の処方箋が「業務を言語化して、問いを立てる力を磨く」なんだけど、自分はこの順序が逆だと思っている。入口に要るのは訓練じゃなくて、ユースケース集だ。
「言語化不足が原因」という診断は正しい
NewsPicksの記事「『何をAIに頼めばいいかわからない』問題」は、この壁の正体をAIの機能理解の不足じゃなく、自分の業務プロセスを言語化できていないことだと論じている。AIは思考を増幅する道具で、入力となる問いを持たない人の思考は増幅のしようがない、と。
この診断そのものに異論はない。自分が引っかかるのは、そこから出てくる処方箋のほうだ。
正しい処方箋ほど実行されない
「業務を棚卸しして、明確な問いを立ててからAIに頼む」。正論だ。でも、業務の棚卸しを楽しいと感じる人はほぼいない。宿題みたいな入口は続かないし、研修で頷いた人も翌週には元のやり方に戻る。AI導入支援の現場で何度も見てきた光景だ。
そもそも人は、白紙から問いを立てるのが苦手だ。一方で、目の前に具体例があれば「これ、自分のあの業務に近いな」と当てはめるのは得意。この非対称性を踏まえると、入口の設計はがらっと変わる。
入口はユースケース集
自分が現実解だと思っているのは、「普通の人がAIでこれができる」という具体例を集めたユースケース集を、訓練より先に配ることだ。
ただ、眺めて終わるカタログじゃ機能しない。読み手が自分を映せる鏡になるには、条件がある。
職種と場面が具体的なこと。「議事録作成に使える」じゃなく「経営会議の録音から決定事項と宿題を抜き出す」まで踏み込む
ビフォーアフターの工数が数字で見えること
そのまま真似できる依頼文が付いていること
ここまで満たした具体例は、読んだ人の中に「自分の場合はこうか」という問いを勝手に生む。問いを立てる訓練をしなくても、具体例が問いを連れてくる。
言語化は後からついてくる
じゃあ記事が求めていた業務の言語化は要らなくなるのか、というと、そうじゃない。順序が入れ替わるだけだ。
自分たちがセミナー運営の自動化に取り組んだときも、出発点は箇条書きの乱雑な業務メモだった。それをAIに渡して、動かして、失敗して、直す。この往復を繰り返すうちに、それまで誰も文書化できていなかった業務フローが、検証済みの手順書として残った。先に言語化してからAIを使ったんじゃない。AIと往復した結果として言語化された。
AIは「問いを磨く相手」
AIを「問いを立ててから使う道具」と捉えると、導入のハードルは上がり続ける。「問いを磨く相手」と捉え直せば、雑な依頼から始めることに正当性が出る。
組織がやるべきは、言語化研修や棚卸しの号令じゃない。自分を当てはめられる粒度のユースケース集と、雑に試しても安全な場。この2つを用意すれば、「何を頼めばいいか分からない」は入口の問題じゃなくなる、と自分は見ている。






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